新型コロナウイルス関連情報

【11月29日更新】新型コロナウイルス関連情報(Information regarding Coronavirus)

緊急情報一覧

写真(明治)

明治~倶知安の夜明け~
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【開墾の始まったクッチャン原野(明治25年)】
明治25年に最初の入植者がクッチャン原野に入った。翌26年に倶知安村が設置され虻田村戸長役場の管轄となった。
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【山陰移住会社仮事務所(明治28年)】
明治28年になると北海道庁は団結移住者を各府県に照会した。山陰移住会社を設立し、移住者に対し土地や農具を貸し出す小作制度により開墾した。 
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【尻別川の渡船風景(明治30年代)】
各合線に橋が設けられるまで、尻別川には官設の渡船場が設けられていた。渡船場には馬舟もあって馬を運ぶこともできた。
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【模範林木炭窯からの木炭積出し(明治40年代)】
明治40年模範林事務所が置かれ木炭と酢酸石灰の製造が行われた。
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【倶知安に集められた木材】
伐採された立木は尻別川を流送し鉄道で運ばれた。また、明治40年代に入り木材の需要が増えると製材所が相次いで設立された。 
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【後志支庁新庁舎落成式(明治43年)】
明治43年小樽・岩内・寿都の3支庁と室蘭支庁の一部を統合して倶知安村に後志支庁が設置された。
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【倶知安競馬】
明治42年常設競馬場が完成し人々の娯楽となった。
場所は現在の倶知安農校敷地。
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【レルヒ中佐と蝦夷富士登山隊員(明治45年)】
明治45年スキーの指導者として名の知れた第七師団レルヒ中佐一行はスキーによる羊蹄山登山を行った。猛吹雪により困難を極めたが登頂を達成した。